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フライホイールの振動に関する誤った情報について。
最近、多くのショップの方やお客様から「フライホイールの素材、製法の違いでハーレーの振動って変わるのですか?」という質問を受けたのですが、まず最初にその解答を述べさせていただきましょう。
聞けば「旧車などに使われる“ねずみ鋳鉄”のフライホイールは振動を吸収し、やわらかい乗り味になるのに対して鍛造のフライホイールは硬く、振動が多い」というものなのですが、工学的な理屈を考えても、そうした事実はまったくありません。
ハーレーの振動を軽減し、心地よい乗り心地を生むのは、あくまでもフライホイールの適切なバランシングであり、素材の違いであるという誤った認識は改めたほうがいいと言わざるを得ません。
それどころか鋳鉄=振動が少ない
鍛造=振動が多い
という誤った認識は工学的に精通した人に見られたら、かなり恥ずかしいこと。あまり耳の痛いことを言いたくはありませんが、これはエンジン工学に対して無知であることを露呈するだけでなく、そうした誤った認識が堂々と横行することが、エンジニアリングの業界からハーレー業界がナメられる要因になっているように思います。
ちなみにハーレーのエンジンの振動、それは、いわゆる低周波であり、スピードの速い“揺れ”という性質を持っています。
対して車体のビビリ音につながる「ビーッ」と細かい振動は、あくまでも音に近い高周波であり、エンジンの振動とはまったく異なるものとなっています。
鍛造より鋳鉄の方が振動がなくなる、という認識を持っている人間は、おそらく材料によって変わる振動の伝達振動についてを語っているのでしょう。
たとえば件の「鍛造より鋳鉄の方が振動しない」と言っている人は、鉛などが録音室の防音材として内壁などに使われることを認識して、発言しているのでしょうが、それはあくまでも高周波に対しての効果の話です。粒子の荒い金属が振動を熱エネルギーに変換し、音を消すという性質を指して「鋳鉄の方が鍛造より振動を消す」という、そうした誤った考えに繋がっていると思うのですが、先に述べたとおり、エンジンの振動は、あくまでもゆったりとしたリズムの振動であり、いわゆる低周波です。素材が鋳鉄か鍛造かという部分が振動の有無には、まったく関係ありません。
つまり、ハーレーのエンジンの振動を消すには正しい数値のクランクのバランスファクターでバランス取りをすることでしか解消しようがないのです。
そのクランクのバランス取りにおいて、いかにして正しいバランスファクターの数値を導くのか? それを果たす解答は経験しかありません。
たとえばS&S製クランクの指定バランスファクターは60%となっているのですが、エンジンの仕様や状態によって当然、それは変わります。たとえばピストンとシリンダーが “T-SPECコート” などによって抵抗が軽減されたら、ピストンが軽くなったとみなし、バランスファクターの数値は小さくなります。逆にピストンとシリンダーの抵抗が大きくなれば、それに比例してバランスファクターの数値が大きくなることは明白です。
たとえば一般的にS&Sのバランスファクターは60%なのですが、当社のレーサーであるデイトナウェポンは50~52%というバランスファクターの数値になっています。そしてもちろん、こうした数値は様々なケース・バイ・ケースを熟知した経験でしか導けません。
何度も言うようですが鋳鉄(やわらかい)からエンジンの振動が出ない、
鍛造(硬い)からエンジンの振動が出るということではなく、
あくまでもエンジンの振動を打ち消すのは正確なバランスファクターの数値を割り出した上で、正しくクランクバランスと芯出しを行うことでしか果たせないのです。
実際、ハーレーのフライホイールは、これまでも時代に応じて進化を果たしてきました。H-D社は創業当時から長らく鋳鉄ホイールを製造してきたのですが、その理由は鋳造の型の製作が容易かつ製品コストが安いためです。これは木型でおこした砂型に、溶解した鋳鉄素材を流し込む製造法で、含有炭素や黒鉛成分が油の役割を果たすため切削油を必要とせず、さらに機械加工も容易です。
しかし、鋳造段階の金属分子の比重で全体が均一になりづらく、強度ムラができやすい欠点があります。さらにクラックが発生しやすい問題もありました。それがショベル時代に入り、鋳鉄に球状黒鉛を含有するダグタイル鋳鉄材を採用することで強度を向上させたのですが、それでも製品ムラが発生し、強度的にはやや乏しく、大きな負荷をかける使用用途ではクランクピン穴と回転軸穴との間でクラックが発生してしまう問題を抱えていました。
そこでS&S社が早い時期に鍛造鋼材のフライホイールを発売し、H-D社もEVOから鍛造フライホイールを採用するに至っているのですが、はたしてその素材の違いがエンジンの振動に関わっているのでしょうか? その答えはもちろん違います。
実際、当社サンダンスでは鍛造のフライホイールにウェイトリングを取り付け、トルクを増大する手法をとっているのですが、鍛造のフライホイールだから振動が出るということは有り得ません。
エンジンの振動を消す方法は正しいクランクバランス以外、あり得ないのです。実際、当社サンダンスで鍛造フライホイールにウエイトリングを溶接し、取り付け、クランクバランスをとったエンジンは鼓動こそあれども嫌な振動が発生することはありません。それは多くのお客様の車両によって実証済みの事実となっています。
ちなみに今の世の中では、ノンビリと走るファミリーカーですら、すべて鍛造のクランクが使われています。それが工業製品における、ひとつの明確な答えなのです。
なお「ハーレー・ダビッドソン バイブル」(ネコパブリッシング刊)のP28〜33、P124〜127、P136〜139に、フライホイール の振動とバランスの事、さらに材質別の特徴などを記してあります。
また、『ハーレーダビッドソン®ダイナミクス』(マガジン・マガジン刊)では、よりわかりやすくP134〜141(特にP139)に詳しく記してあります。
本をお持ちの方は、改めてご熟読頂ければ、何故に鋳鉄から鍛造鋼になったか、その変遷がわかると思います。
今回は少しでも業界の為になればと思い、フライホイールの素材によって振動の強弱は変わらないということをお伝えさせていただきましたが、聞きかじった知識や工学的な理論、理屈が分かっていない人間がショップサイドで横行しているのもH-D業界の現実です。知識がなくても専門家を気取れるというのも悲しい事実なのですが、当社サンダンスとしては、こうしたブログで少しでも正しいことが伝わるよう、この先も様々なことをお伝えしていく所存です。