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HISTORYヒストリー

The Sundance Story (1982~)

1982年の創業以来、変わらぬ理念

Photo: history

Photo: history

まだハーレーダビッドソン専門店が一般的ではない1982 年、東京・高輪でサンダンスはオープンいたしました。以来、独自のスタンスで我々はこの古き良きアメリカンVツイン・エンジンを搭載したモーターサイクルに対峙し、スタイリッシュかつ『乗って楽しい』マシン造りを信条に業務を展開して参りました。
まず私どもが開発したパーツの第一号はステンレス製のドラッグパイプ。これは当時、カスタムパーツの素材としては一般的でなかった耐腐食性の強い金属に目を向け、『スタイルと実用性を両立するパーツ』をユーザーの皆様に提供したかったゆえ、リリースするに至りました。このパーツ第一号から、基本的に我々サンダンスの理念は今日まで変わずに続いています。その後、発売したステンレス製プッシュロッドカバーやアルミ製ハンドルポストなども、当時としては斬新な『金属の質感を生かす』という考えからリリースに至った次第です。1980 年代のハーレーダビッドソンのカスタムシーンといえば、スチールパーツにクロームメッキを掛けることが一般的な手法でしたが、私どもサンダンスでは、それら既存のカスタマイジングとは異なるアプローチを提案、提供し、ユーザーの皆様に当時として新たなハーレーダビッドソン・カスタムの世界の扉を拓きたいと願った次第です。既存にあるものに対する疑問と、『ハーレーダビッドソンというモーターサイクルをより良いものにしたい』という想いがサンダンスの変わらない信念となっております。

 その最たる例として挙げられるパーツが85年に私どもが開発、販売したショベルヘッド用アルミキャスト・シリンダーなのですが、これにしても当時、問題視されていたオーバーヒート対策を考慮した結果、生み出したもの。現在でこそ、オーバーヒートは高すぎる圧縮比や不適切な点火時期などが原因であることが解析されていますが、当時としては熱を持ったエンジンを『より冷やす』には放熱性の高いアルミこそがベスト、と考えた次第です。85 年当時、装着したお客様からも好評を博したパーツでしたが、やはりコストや当時の日本のシーンでは理解を得られず、数多くのロットを生産するには至りませんでした。しかし、現在のEVO からツインカムに至るまでのハーレーダビッドソン・エンジンの構造をご覧頂ければお分かりのとおり、当時の我々の考えがあながち的はずれなものでなかったと自負しております。

 ともかく、スタイルだけに終始した『虚』より『実』を取ってきたのが当店のポリシーなのですが、それはユーザーの皆様に対して『乗って楽しむもの』がカスタムバイクである、という我々のメッセージでもあります。それらを体現すべく我々サンダンスではオリジナルのパーツ開発だけに留まらず、ガスケットをはじめとする消耗パーツやエンジン内部のパーツを数多く在庫する、というのも創業当初より行ってきた業務展開のひとつとなっております。たとえば突然のトラブルに見舞われたユーザー様の愛車を、より迅速に修理し、再び路上に戻すには豊富なパーツストックが欠かせません。それゆえに在庫を抱えるリスクを厭わずに我々は必要と思えるパーツを用意すべく、数多くのメーカーとディーラーシップを結ぶに至ったのです。我々が絶大な信頼を寄せ、現在ではヘッドを共同開発するに至ったブランチ&オキーフやワイセコピストン、アンドリュースやJIMS、S&S、アクステルなどのパフォーマンス系メーカーとの正規代理店契約はもとより、CCI やV-Twin を始めとするパーツディストリビューターとの提携はユーザーの皆様へ満足を提供する『カスタマー・サティスファクション』を実現するにはすべて欠かせないものです。

 また92 年には東京、南麻布に2 店舗目の『North Branch』をオープン。その後、97 年にメインブランチとノースブランチを統合した『The Armory』東麻布に新設、09 年東京、世田谷区用賀に自社社屋『Skunkworks』を落成しました。82 年の創業以来、時代と共に蓄積され、成長を果たしてきた当社サンダンスの技術をより充実した環境でユーザーの皆様に還元するという想いの結晶と呼べるショップ設備であると自負しております。

 作業効率を追求したエンジンルームやメカニックの作業スペース、完全防音&気圧変化を調整可能なダイノルーム、またパーツを閲覧しやすいアメリカン・ダイナーテイストのショールームなどは、より高い水準のサービスを提供するために備えられたものであり、この先の未来もカスタム・ハーレーの楽しさを伝えるためには欠かせないものであると我々は考えています。現在、私どもは米国Twin Tec 社と協同開発をしたEFI フルコントロールシステムのジャパンバージョンの提供や各モデルに対応したフロントサスペンション、TRAKTEKデュアルフォークスプリング、リアサスペンションのサンダンスKYB などの開発及びリリースしていますが、これらはすべて来る新時代を見据えたものです。世にまだEFI が存在しなかった時代にフラットスライドキャブに着目し、開発するに至ったサンダンスFCRキットやフライホイールのヘビーウエイトリングなども、すべてが『走りの楽しさ』を追求したものであり、この先も我々の理念は変わりありません。エンジンに関しては、信頼性及び耐久性の向上を果たした上で、やみくもな高圧縮化によるパフォーマンスUP ではなく、乗る人の五感を刺激する『テイストUP』を実現し、モーターサイクルとして基本となる『曲がる・止まる』性能の向上を目指す部分は今までと同じく、この先の未来も不変です。我々はあくまでも『乗って楽しいハーレー』、『質実剛健なカスタム』を信条に邁進する所存です。是非、一度ご来店下さい。


RACING PROJECT

サンダンス・レーシングプロジェクトは、H-Dエンジンシステムの限界と、レーシングマシンとしての可能性を追求する為、1988年に活動をスタートしました。
そして、我々がエントリー可能なレースがあれば積極的に参戦し、ついにその活動の場を本場アメリカのデイトナやヨーロッパのアッセンにまで拡大。その結果、幾つかのトロフィーと、非常に多くの経験を得ました。

現在も独自のスタンスを守りながら、着実に活動を続けています。現在の活動の主な目的は、レース参戦を通してモーターサイクルパーツの限界耐久テストや新機能の導入テスト、技術開発とメカニックの技術力向上などを行い、これらを市販オリジナルパーツの製作・改良及び各種サービスにフィードバックさせることです。

たとえ、ストリートバイクといえども、過酷な状況下に置かれることは多々あります。サンダンス エンタープライズは、その時「ライダーがいかに安全であるか」「機関部へのダメージをいかに最小限にとどめるか」を重視します。そして、この課題をクリアするためには、机上の計算だけでなく、実走行に基づいたデータが必要と考えています。

サンダンス・レーシングプロジェクトが、レースという極限状態から生み出すもの…それは、日常での高い信頼性と、確かな性能です。

Photo: racing project

1989~1991年
Buell RR1000をモディファイした“Weapon”で、国内ツインレースに参戦。優勝他、数々の戦績を残す。
1992年
舞台を世界へ。オリジナルのH-Dレーサー“DaytonaWeapon 1”を製作し、初のデイトナ遠征。レースはマイナートラブルによるリタイアという結果に終わるが、ハーレーワークス関係者や各国のメディアの間で話題騒然となる。
1994年
再度アメリカヘ。ジョージア州ローベリングロードで行われた全米チャンピオンシリーズ・スーパーツインクラスに参戦、圧倒的な強さで優勝。デイトナでは、マイナートラブルによりトップ争いを繰り広げつつもリタイア。
1997年
デイトナ・BOT F2クラスに“ゴールデンボールズ”を投入。ライダーはアメリカン・レジェンド、ジェイ・スプリングスティーン。念願の初優勝。
1998年
悲願達成!BOT F1クラスにて“DaytonaWeapon 1”と、日本人ライダー須貝のコンビで優勝を成し遂げる。
チーム・MCサンダンスとして鈴鹿8耐に参戦。H-Dの参戦は8耐史上初。スーパーXRエンジン+大改造した特注サクソンフレームの“Daytona Weapon 2”と匹田、野口両選手は8時間を戦い抜き、多くの人に感動を与えた。
1999年
アメリカでダートレーサーに乗る日本人、平尾選手の依頼でマシンを一年サポート。AMAプロ年間ランキング9位。平尾選手のプロ昇格の手助けとなる。
数々のレースが与えてくれた幾多の試練は、勝ち取ったいくつかの栄冠以上に貴重な財産となり、我々の血肉となった。
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